先日、テレ朝の原爆のドキュメンタリーを見て、
これは書かなければいけないと思い、
鹿児島旅行で、
訪問した知覧特攻平和記念会館のことを書き連ねたいと思います。
会館には写真、遺書などの遺品約4,500点、
特攻隊員の遺影1,036柱などが展示されています。
他には戦闘機もありました。
やはり、一番心に響くのは、
特攻兵としてなくなっていった若い人たちの遺品や
遺書です。。。
家族などに当てた遺書を見て、
戦争について、深く考えてしまいました。。。
その当時、本当は戦況が不利であったのに、
日本が勝つと信じきっていた人たちが
大半だったと思います。。。
そういった状況で、
お国のためとなくなった方々の命の重さ。。。
戦争論議はしたくありませんが、
愚かなことと感じたことも事実です。。。
館内には訪問した人たちが
メッセージを書き連ねたノートが何冊かありました。
三十路オンナのように、
戦争を実体験で知らない若い人たちのメッセージも残されていて、
平和を望む若い人たちがちゃんといることに
安堵しました。
海外からの旅行者も何人かいて、
是非、鹿児島に訪問することがあったら、
知覧平和会館にも足を伸ばして欲しいなと思った三十路オンナです。
また、三十路オンナも初めてしったのですが、
近くに富谷食堂があり、
特攻の母として慕われた「鳥浜トメ」の食堂も見ることができます。
今度、トメさんのお話を実話化した映画と本も読んでみたいと思う三十路オンナです。
特攻を指揮した宇垣中将は終戦後に責任を取って突っ込んで行きますが
決して美談ではありません。
一人では行かず編隊を組んで自分は後部座席に座って戦争が終わったのにまだ自分の美学の為に
部下を犬死にさせます。
中将の乗った飛行機を操縦した操縦士はまだ小さな女の子のいる方でした。
その女の方は当然お父さんの記憶はありません。
戦争が終わっているのに小さな子供を置いて
特攻に行かなければならなかった彼の気持ちは
いかばかりだったでしょうか。
最後は敵艦にではなく岩に墜落して果てます。
私は彼がもう誰も死なせまいとして敢えて敵艦に突っ込まずに自滅したんだと信じています。
我々は忘れてはいけないですよね。
拙運営の鹿児島県の観光スポット&温泉案内HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内のサブ・コンテンツ「知覧特攻平和会館訪問記」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKAN52.HTM
から貴記事にリンクを張りましたので、その旨報告いたします。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
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